「貧困のパラドックス―国民に届かない経済成長」(デファクトガゼット日本語版No.376)という記事で、私は“国有企業は100社を大きく超えており、その3分の1は赤字で運営され、財政を食い物にし、民間投資を圧迫している。エネルギー価格を補助金で抑え込んでいることは、投資シグナルを歪め、財政赤字を拡大させている”と現実を評価した。
国有企業の現状
2025年時点で、国有および国が出資する企業は109社あり、そのほぼ3分の1にあたる43社が慢性的な赤字状態にある。多くは3年連続で赤字を出し、収支は赤字のままである。2024年、国有企業は合計26兆トゥグルグの収入を得たものの、負債はほぼ2倍に増加し、11兆トゥグルグに達した。
これは2026年の国家予算(32兆9000億トゥグルグ)の3分の1に相当し、国全体の債務の24%を占めている。エネルギー部門が最大の「吸い上げ役」となり、補助金価格で運営される企業の損失を国家予算から補填し続けている。2024年11月に料金を引き上げたことは一つの前進ではあったが、財政赤字を完全に解消するには至っていない。
なぜ非効率に運営されているのか
その原因は構造的かつ政治的なものである。民間企業は利益と競争によって運営されるが、国有企業は「ソフトな予算制約」の下で運営されている。すなわち、赤字は納税者の資金、または貸借対照表の外にある保証によって補填される。経営陣には政治的任命が行われ、業績よりも縁故や支援関係が重視される。
エネルギー、輸送、鉱業などの主要部門では競争が存在しないため、コスト削減や改革への圧力がない。エネルギー補助金は投資のシグナルを歪め、民間投資家を遠ざけ、国家を「吸い上げ役」にしている。その結果、国家予算を吸い上げ、民間部門を締めつけ、鉱業収入に依存する経済の脆弱性を高め続けているのである。
公約が多く、行動はゼロ:政治資金の源泉
1990年代以降、歴代政権が国有企業の改革と民営化を公約してきたが、国有企業の数はむしろ増え続けてきた。初期のバウチャー民営化では、一部の資産が国民に渡されたものの、戦略的企業は国の管理下に残された。2000年代以降、何度も計画が発表され、近年では2028年までに18~20社を民営化し、モンゴル証券取引所を通じてその10~66%を売却し、3兆7000億トゥグルグを調達するとの約束がなされた。エネルギー分野の44社を統合したエルチスト・モンゴルという持株会社も、実質的な変化を生み出せず、完全に行き詰まった。
理由は単純である。国有企業は、政権与党や公務員にとって信頼できる資金源となっているからである。党に忠実な人々への職場、同盟者への契約、不透明な調達、配当などを通じて、政治的ネットワークに資金を供給している。この利害集団、すなわち政治家、高官、内部の従業員らが改革に反対するため、公約は選挙用の芝居になってしまうのである。
成功事例
この行き詰まりは、勇気ある民営化によって打破することができる。例えば、英国におけるマーガレット・サッチャー政権のブリティッシュ・エアウェイズの民営化である。1980年代初頭、ブリティッシュ・エアウェイズは巨額の赤字を抱え、従業員数も多い国有航空会社であった。これを1987年2月11日にロンドン証券取引所で株式公開したところ、公募は11倍に達した。
民営化後、従業員数は減少し、乗客数は増加し、定時運航率は70%から85%へと急速に改善した。サービスに関する苦情は半減した。同社は世界で最も収益性が高く、評価の高い航空会社の一つとなり、「世界で最も愛される航空会社」として名声を得た。
ニュージーランドは国有企業を株式会社化し、民営化することで赤字を黒字に転換した。チリはエネルギー部門を民営化し、規制の下で投資を呼び込み、損失を半減させた。ケニアではKenGenとSafaricomを一部IPOし、証券取引所を活性化させ、効率性を高めた。モンゴルにも、「モンゴル郵便」の部分的民営化が経営を改善し、企業価値を高めた成功例がある。
モンゴルで実施するには
モンゴル証券取引所を通じて国有企業の株式を一般に公開することは、民間資本と専門的な経営陣を呼び込み、市場による監視を働かせ、国民に所有の機会を与え、国内資本市場を深めるという複数の目的を同時に解決するものである。戦略的部門では「黄金株」を残し、エネルギー価格を実際の原価に近づけ、独立した取締役会、良いガバナンスのための法律、財政リスクの管理など、追加的措置も不可欠である。
その結果、国有企業は国家予算を吸い上げることをやめ、保健、教育、インフラに投入できる資金が生まれ、エネルギーや物流に民間投資が流れ込む。透明で、腐敗を防止し、モンゴル証券取引所を通じた本物の民営化を実施できれば、国有企業は赤字を生む「吸い上げ役」から、成長のエンジンへと変わるのである。
モンゴルは、中途半端な民営化によって、さらに10年を失ってはならない。国有企業の改革は単なる経済上の要請ではない。財政の自立、民間部門の活性化、長期的発展の基盤なのである。
“迅速に決断し、速やかに行動すべき時”である。
モンゴル国政府が2025年12月16日に「経済的自由に関する法律」案を審議し、国会へ提出することを決定したことは、公共の強い関心を集めている。経済的自由という概念そのものは国の発展方向性を規定するほどの基本問題であるため、この法律を制定する前に国民が理解し、議論し、意見を表明することが重要である。
では、経済的自由とは一体何を意味するのか。簡単に言えば、経済的自由とは、国民や企業が自らの財産・労働・資本を活用して、何を生産するか、どのように生産するか、誰に・どの価格で販売するかを、国家の許可を得ることなく自ら決定する権利を指す。利益を得れば自ら受け取り、損失を出せば自ら責任を負うということである。言い換えれば、経済的な意思決定を国家ではなく、市場と個人自身が行う仕組みである。
しかし、経済的自由を「国家がビジネスをうまく規制すること」、「国家が価格を維持すること」、「国家が産業を支援すること」、「国家が市場に介入して均衡させること」と混同することが多い。これらはすべて国家による介入であり、経済的自由はまさにその対極の哲学に基づくものである。自由市場とは、国家が市場のプレイヤーではなく、ルールの執行者・裁判官であるべきだという考え方である。
この観点から見れば、現在審議されている法案には明らかな矛盾が見られる。名称は「経済的自由」であるものの、内容としては「国家がうまく調整すればビジネスは順調に進む」という、柔らかい介入主義的アプローチが優勢である。例えば、法案には国家が教育・医療・インフラ・公共サービス・技術的ソリューションなどの基礎的な市場分野に参与し、資金拠出できると規定されており、これは国家を市場のプレイヤーとして残すことを意味している。これにより国家とビジネスの境界が曖昧になり、汚職や利益相反が体系的に生じるリスクが残り続ける。
もし経済を本当に「完全に自由」にしようとするのであれば、民間が実施できる仕事を国家が行うことを禁じる明確で厳格な条項が不可欠である。「国家の介入を減らす」という一般的な表現は、現実において成果が乏しい。それよりも、「民間が自由市場の原理で実施可能な一切の活動を国家が行うことを禁ずる」と明確に規定すれば、国家介入の実質的な限界が設定される。
また、この法案で最も欠けている重要な点は、価格・為替レート・賃金を市場によって決定する原則がまったく盛り込まれていないことである。価格は市場のシグナルであり、為替レートはリスクと責任の表現である。国家が価格を維持したり、為替レートに介入したりすると、市場は誤ったシグナルを受け取り、品不足、闇市場、汚職が生じる土壌が形成される。したがって、経済的自由に関する法律には「価格・料金・賃金・給与・為替レートは市場の自由な関係によって決定される。国家がこれらに直接的または間接的に介入することを禁ずる」という原則が必ず盛り込まれるべきである。
加えて、国家規制の上限を明確に定めていない点も問題である。「国家安全保障」、「公共の利益」といった広範な概念を用いれば、ほぼあらゆる制限を正当化できてしまい、市場の信頼を損なう。経済的自由を制限するいかなる規制も、必然的で、最小限で、期間が明確で、司法の監督に開かれているべきだという原則が本法案には欠けている。
真の意味で経済的自由を保障するというのであれば、国家がビジネス活動を行うこと自体も禁止する必要がある。国家が営利目的の経済活動を行わず、国有企業・プロジェクト・プログラムを段階的に縮減し、民営化し、市場へ移行させるという基本方針が必要である。これを行わなければ、国家自身が市場の競争者として残り続ける。
このような法律には「国家の経済的基本任務」という特別条項を設け、国家は人命と財産の安全を守ること、環境安全を確保すること、契約履行と財産権は司法を通じて保護すること、公正な競争を維持することのみを任務とする、と明確に示すべきである。それ以外の経済活動に国家が関与すべきではない。これは国際的には「夜警国家(ナイトウォッチマン・ステイト)」と呼ばれている。
近年、モンゴル経済の成長が鈍化し、投資が縮小し、ビジネス環境が不安定になったことは、国家の過度な介入、重複した規制、ライセンス・許認可の負担と直接関係している。このような状況において、経済政策を部分的に調整するのではなく、自由市場の基本原則を法律で保障する必要性が現実的に高まっている。
結論として言えば、経済的自由とは、「国家が調整する」という論理を排し、「国家は保護し、市場が決定する」という原則へ移行することである。「経済的自由に関する法律」がその名称にふさわしいものであろうとするならば、自由市場の根本法でなければならない。
最後に、現実を踏まえれば、モンゴルが教育・医療分野における国家の関与を突然全面的に停止することは不可能である。したがって、これらの分野を国家のみで担うのではなく、民間部門と効果的に組み合わせ、競争と選択肢を増やす方向で段階的に運営していく必要がある。
2025年12月18日■
2023年の時点で、モンゴルの縫製分野には1,342のメーカーが操業している。しかし、これらの4分の1が企業で、残りは個人事業者である。また3分の1はウランバートル市にあり、残りは地方に所在している。
310社の企業のうち、259社が有限会社、31社が協同組合、5社が国有企業(軍事および警察機関の制服を縫製する)、4社が株式会社である。この業界の総従業員数は6,100人で、全体の64%は1〜2人の従業員で営業しており、平均従業員数は4.5人である(縫製分野総合専門協会)。
しかし過去には、この分野に30,000人が従事し、モンゴルの輸出の30%を創出し、製品の97%をアメリカに輸出していた時代があった。1995年から2005年にかけて、中国、韓国、台湾、シンガポールから縫製会社66社が、縫製・ニット製品に関する多国間協定のモンゴルのクォータを利用するためにモンゴルに来ていた。2005年初めにこの協定が終了し、これらの企業はモンゴルから撤退した。そしてモンゴルの縫製分野は崩壊状態に陥った。
そこで、NRCC社は、NGO「開発ソリューション」の発注により、アメリカ国際開発庁の資金提供を受け、この分野の現状とその復興開発に関する調査を2023年に実施した。
この調査では、首都ウランバートル、ダルハン・オール県、オルホン県、ドルノド県、ザブハン県の生産者103人、全県と首都ウランバートルの消費者402人が対象となり、加えて縫製業者30社、政策立案者、実施者、研究者10人が参加した。
この分野の現状
この分野における公式事業と非公式事業の差は大きい。縫製事業者の大半は女性である。主な製品は、伝統的衣装や衣類である。縫製事業者の半数以上はこのような製品を生産している。大量生産はカスタム生産よりも多様化する傾向にある。生産者は形態によって異なるが、平均してキャパシティーの60%を使用している。労働生産性において首都ウランバートル、ダルハン・オール、オルホン県はトップとなっている。輸出はほとんど行われておらず、販売の大部分は国内市場で行われている。
製品コストの40%を原材料費が占め、その次に人件費が占めている。企業にとって税金は、3番目に大きな支出であり、個人事業者では管理費である。生産コストは地域によって異なる。この分野の原材料のほとんどはモンゴル国内で生産されておらず、輸入されている。国内で生産されているのは一部の革や副資材のみである。
課題
この分野の最大の課題は人材不足である。最も不足しているのは、仕立屋、編み手、デザイナーなど専門スタッフである。小規模生産者が多く、職業訓練の質が低下している。零細生産者の増加の背景には、(1)この分野には家庭の問題により柔軟性のある時間で働く必要がある女性が中心となっていること、(2)少ない投資で小規模で運営できること、(3)長年にわたって家庭の生産を支援するための政府および国際機関の政策プログラムの実施成果などがあると、生産者や専門家が見ている。
次の課題は、運転資金の不足である。運転資金不足により、企業や地元の製造業者は原材料を期限までに調達することができない状況にある。また、企業にとっては、原材料の不足、供給の遅延、知識やノウハウの不足などが課題となっている。個人事業者にとっては、機械設備の不足、成人の身体サイズの基準が時代遅れになっているなどの問題がある。地方では、先進的な技術や機械設備が不足しているため、生産者は作業の一部をウランバートルにある業者に発注しており、これにより支出が増えるという課題を抱えている。仮に、先進的な技術や機械設備を導入したとしても、改善できない状況にあるという。
協力の必要性
小規模生産者にとっては、協力することが大いに必要である。小規模生産者は、原材料の調達、機械設備のトラブルの解決、大量受注における共同作業、大手企業のノウハウを学ぶなど、これらのことにおいて協力する必要があるけど、どのように協力していくか、その方法がわからない、または見つからない状況である。協力したいという意向はあるものの、協力した経験が少なく、分業についての理解が薄く、他の生産者についてあまり把握しておらず、情報不足である。
“また、生産者のインタビューによると、(1)税金、社会保障料、関税などが圧力となっているほか、すべての生産事業者が公正に税金を支払うシステムがないため、これが公式に事業を行っている事業者にとって不公平な競争条件を生み出している、(2)政府が実施している生産を促進する政策やプログラムは長期的に安定して実施されていないことや実施過程に欠如があり、官僚制が横行しているため、これが生産者にとって支援というより、逆に足かせとなっている”という。
生産者らは、政府の政策や決定に関連する問題に対して、団結して業界を代表し、政策立案者に業界全体の課題を代弁する上では、専門組合が重要な役割を果たすことができると指摘している。専門組合への個人事業者の参加が少なく、企業の参加が高い。
機会
縫製分野は今後も拡大が見込まれている。縫製業者のほぼ80%が今後3年間に生産を拡大する予定であり、企業の30%は製品の輸出を計画しており、昨年ある程度の投資が行われた。投資は自己資金、銀行融資、中小企業支援基金から出ている。
生産者の大多数は、事業拡大における知識とスキルを持っており、半数以上は機械設備があり、資金があるのはわずか10%であるという。生産者らは、業界の発展傾向についての知識を高め、自分たちで人材を養成するようになった。また、人材を持続的に雇用するために職場環境の改善や、従業員の社会的問題の解決に向けてフレックスタイム制などの良い事例を導入している。
また、生産者らは大量の受注を受け、他の工場と分担し、注文が多いときは下請け業者を雇うようになっている。大手生産者は、分業として機能することに加えて、バリューチェーンを構築し、地方に拡大させる傾向にある。
消費者調査によると、モンゴルで生産された衣類の品質が技術面で大幅に向上しており、サイズ、素材、伸縮性、耐久性、デザインなどの点で輸入衣類より優れていると、多くの消費者が見ている。しかし、このことをすべての消費者が必ずしも知っているわけではない。
調査によると、大手生産者は広告宣伝やマーケティングに注意を払っているが、小規模生産者は広告宣伝やマーケティングに無関心であり、それをどのように行うかについての知識やスキルに欠けているという。
解決策
生産事業者は、生産拡大においては、資金援助、研修、アドバイス、情報収集が重要であると見ている。例えば、人材育成のための研修、開発支援研修、事業管理研修、アドバイス、技術や機械操作研修などが重要だという。
また、“資金面においては、中小企業への融資条件の緩和、融資に担保を求める代わりに生産活動が持続的に行われているかどうかを確認し、融資を交付するようになってほしいなどの意見が出ている。さらに、生産事業者にとっては、分業の設定方法、責任の分散方法、および協力協定の条件の合意などについての研修と情報が大いに必要”とされている。
職業訓練を支援する国の政策を変更し、改善する必要がある。職業訓練学校の学生が企業で実習することを公認し、専門学校の理事会に生産者の代表を入れる必要がある。
生産者らは、縫製分野が長期的に軌道に乗って行くためには、税制を通じての支援が必要だと考えている。また、税関の監視を改善させ、縫製製品が非課税で輸入されることを停止し、企業の原材料輸入の関税を緩和する必要がある。
業界の協力活動、縫製分野の分業体制開発には、専門組合の役割は非常に重要である。したがって、生産者への情報提供、需要と供給に応じた研修、相互に経験を交換し、交流関係を強化することに焦点を置いた活動が必要であり、これらを専門組合が団結して実施していくことが重要である。
このように業界が抱えている多数の問題を詳細に分析し、的確に調整し、解決して行かなければならない時にきている。この分野は成長する大きな可能性を持っている。したがって、特定の製品をブランド化し、世界市場に進出させる機会が大いにある。モンゴルの縫製分野には、縫製と装飾が必要である。
2024年11月28日■
世界の国々は、自国の経済発展を国内総生産(GDP)で測ってきた。モンゴルの一人当たりのGDP、つまり国民の生活水準は2023年に6,000ドル、2024年に6,800ドル、2028年に10,000ドルに達する見通しであるとオユンエルデネ首相が発表した。これが実現すれば、4年後にモンゴルは現在の190カ国中104位から順位を上げ、上位80カ国に入るだろう。しかし、そのためには、2026年までに14のメガプロジェクトを本格的に開始させる必要があると言う。では、これらのメガプロジェクトが経済に与える影響をどのように測定できるのだろうか?
ケインズとセイ
GDPは、その国の一年間の家計、企業、政府の最終的な購入額の総和で表される。方程式で示すと、GDP=C+I+G+(X-M):C(消費)、I(投資)、G(政府支出)、X(輸入額)、M(輸出額)である。
消費と政府支出(C+G)がGDPの3分の2を占めるため、ほとんどの人は、消費が経済の主な原動力であると見ている。消費が高く、つまり需要が多ければ多いほど供給も大きくなる(需要が供給を創出する)。したがって、ケインズ(英国経済学者、1883‐1946)は、政府の支出が多額であることは正しいことだと経済学者たちにアドバイスしている。左派および中道左派の政治勢力は、この思想を支持している。
しかし、経済は最終消費だけでなく、投資、貯蓄、つまり総支出によって動かされている。GDPは、人々の生活水準を示す重要な指標ではあるが、特定の要素が取り残されてしまうのである。要するに、サプライチェーン(supply chain)の価値(コストとも呼ばれる)は反映されないのである。つまり、製品やサービスを作り出すことから輸送、卸売および小売までの段階が示されないということである。
モンゴルでは、GDPを生産方式で計算する際、中間消費を差し引いている。しかし、その総生産高(GO:Gross Output)には、大企業と中小企業すべてが作り上げた製品とサービスの価値が含まれている。
実際の経済規模をGDPに加えて総生産高で計算するのがより現実的である。また、総生産高はGDPより大きいため、消費は経済の2分の1ではなく、4分の1と相当するため、消費は最も重要な要素ではない(図1)。
したがって、経済活動の変化を十分に示すために、政府(国家統計局)は、GDPに加えてサプライチェーンの価値、つまり総生産高の規模を毎年、四半期毎に算出し、関連する評価を出すようにする必要がある。また、一部の国では、企業と企業の間で行われる取引、つまり企業間取引と呼ばれるB2Bインデックスによって総生産高を測定するようになっていることも考慮するべきだと思う。
総生産高によって、私たちはメガプロジェクトが製品やサービスの価格にどのように影響しているのかということのほか、どの分野にどのレベルで新しいイニシアティブ、競争が起こっているのかを特定し、それによって国の経済成長を明確にする条件を整備できる。そもそも、消費は本質的に結果であり、繁栄の原動力ではない。
図1.モンゴルの総生産高、年間価格でのGDP、最終消費、10億ドル(国家統計局)

― 総生産高、市場価格で ― GDP ― 最終消費
大企業と中小企業の健全性と強さは、その国の経済がどうあるかで決まる。人々の貯蓄、企業の投資、イノベーション、そして製品に対する消費者の欲求が成功の基盤である。したがって、経済成長は、需要側ではなく供給側(供給が需要を創出する)にある。これをフランスの経済学者ジャン=バティスト・セイ(1767-1832)は、200年前に「急速な変化と経済成長は供給で創出される」と論じた。この思想は、右派および中道右派の政治勢力に支持されている。
一人当たりのGDPが1万ドルになるには…
オユンエルデネ首相は、2025年の予算案を発表する際、「一人当たりのGDPが1万ドルに達した諸外国では、信用格付けは1〜2レベル上がり、融資金利が30%に下がる。外国投資は1.5倍から3倍に増加し、インフラ問題は解決される。科学技術への投資が増加し、生産性が向上することで経済の多様化をもたらす。熟練した人材が海外から自国に戻り、優秀な外国人専門家たちがその国で働き始める。国民の平均賃金は最大60%上昇し、世帯収入の増加により貧困率が減少し、公務員の賃金上昇によりガバナンスと生産性が向上する。教育や保健分野の発展が促進され、質の高いサービスを提供するようになる。質の高いサービスを受けることで、国民の生活の質が改善し、平均寿命が延びる」と語った。
しかし、これらすべてをモンゴルで実現させるためには、“セイの法則”を実施し、ビジネス環境の改善と平等な権利保障、特定の税金の引き下げ、イノベーションへの奨励、国有企業の段階的な民営化、政策による外国銀行の国内進出、自由競争の促進、正義の確立、司法制度の改革、価格の自由化などの問題に必要な措置を講じていかなければならない。
これらすべてが2028年までに達成されるかどうかは、政府と国会、そして国民の参加と要求にかかっている。
2024年10月15日■
国家権力の分配
立法権 行政権 司法権
民主革命から30年を経たモンゴルは、発展停滞状態(交通渋滞、大気汚染、貧困、海外移住、社会的不平等、腐敗、通貨下落)に陥っており、その主な原因は国家権力の分配の歪みにあると結論付けることができる。民主主義国家と市場経済の国では、国家権力が立法権、行政権、司法権といった3本柱で構成され、それらが相互にバランスをとり、相互に制御されることで社会経済の発展がもたらされる。しかし、モンゴルには半議会制、半大統領制の政府があり、大統領は司法権を握り、行政権は話す以外に何もできないものとなってしまっている。
司法の行動や下す判決は不可解なものとなり、モンゴルには正義が不足している。一部裁判の審議は非公開で行われるようになり、誰が何の容疑で逮捕され、拘留されているのか、または誰の裁判が何年も延期され、誰を無罪にしているのかなどが極秘となり、社会の憶測の状態にある。賄賂を受け取った者、公共の財産を横領した者たちは、何の罰も受けることなく法律を逃れ、何もなかったかのように、いやまるで英雄のように振る舞うことが状態化している。司法では、“5つのSH※1”という大きな腐敗撲滅作戦が“5つのCHISH※2”作戦となり、反腐敗の流れを停止させた。中小企業融資、開発銀行の横領、石炭横領、教育ローン不正受給などの犯罪はすべてはじめから無かったかのように消滅した。
一方、経済を見ると、赤字の国有企業が市場を独占し、大きくなったオリガルヒたちは小企業を吸い込んでいる。土地、建築物、特別許可の取引が盛んになり、住宅価格が高騰した。官僚主義により経済の血液を蝕む寄生虫たちの私腹が肥やされ、国民の大多数が立ち上がれないでいる。自由競争はほぼ消滅し、労働生産性は大幅に低下した。銀行融資の金利は年20%を超え、ノンバンクの金利は60%を超え、個人経営は縮小している。商業銀行とその所有者が手掛ける事業だけが利益を上げ、その他の企業は倒産を余儀なくされている。税金は大幅に増加し、賃金を引き上げる機会は減少した。国民はもはや政府を信頼しなくなり、海外へ活路を見出すしか道がなくなってしまった。
このような状況にもかかわらず、これらの問題を解決し、国民の権利を保護し、民間企業の経営環境を支援し、経済を多様化させる措置を講じる代わりに、大統領の権限を強化し、任期を延長させるための一連の行動が行われている。国民全体の生活条件を改善するのではなく、一人の人物の権力を高めることが、なぜそれほど重要になったのだろうか?私たちは憲法を改正し、大統領の任期を6年1期としたのは、つい最近のことである。しかし、一部の集団は、憲法のこの規定を変更または無効にしょうとしている。国会の「改正」または憲法裁判所の「無効」とする権限を行使してこの規定を変更または無効にしようとしている。
一人の人物に国家権力が集中することは、公共の利益に反し、異なる意見を抑圧し、先制政治への道を開くという世界の歴史や最近の例を無視することで、誰が得するのだろうか?国を一人の人物が統治すると、国家権力が国内勢力や外国勢力に移り、紛争が生じ、国の独立が失われることになる。
モンゴルの将来の繁栄と独立の保障は、議会制政治であり、最終決定を下すのは一人の人物の裁量によるものではない。なぜ、この保障を強化するのではなく、弱体化させるのだろうか?ドイツのように議会から大統領を選ぶようにすることだってできるのに、だ。■
※1.5つのSH作戦とは、オユンエルデネ政権が2023年に始めた腐敗撲滅作戦である。モンゴル語でシュール(ほうき:汚職者をあぶり出す)、ショウォー(鳥:国外逃亡者を捕まえる)、シルジューレフ(奪還:奪われた資産を取り戻す)、シル(ガラス:透明性を高める)、シュゲルウレーフ(笛を吹く:内部告発を促す)がすべてSHで始まる単語なので“5つのSH”と呼ばれる。
※2.CHISHとはモンゴル語で「静かに!」という意味。5つのSH作戦のSHとCHISHをかけている。腐敗との戦いに対して「騒がず静かにしていろ」といい、腐敗撲滅作戦が形骸化してしまったということ。
2024年の国政選挙で競い合う政党、立候補者、有権者へ向けて
今、モンゴル人が今後どのように生きていくかを決める歴史的な出来事が起きようとしている。選挙は、すべての人の人生に影響を与える。そのため、誰もが選挙に参加することが重要である。もしあなたが投票しなければ、他の誰かの選択が優先されることを忘れてはならない。
国家権力を買収する企み
民主主義国であるモンゴルでは、12年ぶりに混合選挙制度による二度目の国政選挙が実施されようとしている。2024年の国政選挙では、78人の議員が選挙区から選出され、48人の議員が政党名簿リストから選出される。名簿リストは、5月20日月曜日に発表される。
したがって、今週末モンゴルでは、歴史的な政治取引が行われるようだ。なぜなら、SNS上では、自分や身内を政党の名簿リストに入れるために、政党に対して20〜60億トゥグルグ(180万ドル)を“寄付”するという取引について騒ぎが起きている。
そうなった場合、社会のあらゆる階層と人口のあらゆる層を代表するために議員の数を52人に増やした意味がなくなる。政党の名簿リストには、医師、教師、技術者、指導者ではなく、富を持つ者だけが入ってくることになる。
議席を買収して議員となる者たちの主な目的は、議員になるために政党に払った金を何倍にも増やし、大臣となり、国が公開する入札を獲得し、自分の会社に有利な法律や規程を国会で通過させることである。決して国民、その中で言論の自由、正義の確立、国民のより良い生活や働く環境の機会構築についてではない。彼らはこれらについて考えていない。
公正な裁判が行われないまま時間だけが過ぎ去り、それは汚職を減少させ、国民生活の質を向上させることなく、通貨トゥグルグの価値を下げ続け、物価上昇を招き、国民の海外流出が続くだろう。
党首がこのような政治取引に参加すれば、その行為は“国家権力を不法に奪取する、または奪取しようとすることを禁ずる”という憲法第1条3.2項に反することになる。企業や個人からの寄付は、法律によって制限されている。モンゴルの人口が少なく、政党に誰がいくら払って国政選挙に出ることになったかは、すぐにわかる話しである。すぐに見破られるだろう。
それでも私はいつか公正な司法制度が実現すると信じている。
新政権を安定させる
過去の選挙からみれば、選挙に勝利した政党の党首は、首相になれば時間を無駄にすることなく新政権を迅速に成立し、政権運営を円滑に進めてきた。民主主義が発展した国では、与党党首が首相になる。したがって、選挙に出場している各政党の党首は、首相になることを発表しなければならない。できれば、内閣議員、誰がどの省庁の大臣になるかまで発表すれば、これが投票にも影響を与える。
また、上述した政党の名簿リストや大臣には、犯罪、特に汚職犯罪に関わっていた人物を入れないということを、29の政党、2つの連立に対して求めることも必要だろう。さもなければ、これは政権が不安定になるもう1つの理由となる。
今、モンゴル国民は、政治家を賢く慎重に選ぶ時がきている。選挙が終わった後に私欲に走る政治家達による“国家収奪”(State capture)が起きないことを願う。■
2024年5月17日
2回目となる今回のデファクト・ワールド・シリーズは、中国内モンゴル自治区、南モンゴルの経済について取り上げる。特に乳業の生産と消費、そして南モンゴルの歴史と現代のフフホト市について紹介したい。
南モンゴルは、モンゴルとロシアに隣接し、面積120万平方メートルの広大な地域である。中国にある5つの自治区のうちの1つである。人口は2,400万人で、そのうち400万人がモンゴル人である。天然資源が豊富で鉄鉱石、石炭などの鉱物資源が多く、特にレアアースの埋蔵量は世界有数となる。
南モンゴルは、鉱物資源を賢く利用し、中国の工業化におけるニーズに応えてきた。過去20年間の中国の急速な発展に大きく貢献してきた。2022年のGDPは3,440億ドル、一人当たりのGDPは14,343ドルとなっている。家畜の数と構成は、モンゴルと同様であり、羊3,200万頭、山羊3,000万頭、牛470万頭、馬420万頭、ラクダ90万頭である。私たちは、世界的に有名なYiLi乳業を視察した。
牛乳の生産と消費
牛乳はビタミンやミネラル、特にカルシウムが豊富な栄養素である。そのため、一部の国では学校給食に牛乳が出されて(学校牛乳給食と国家の未来2020年1月21日No.131)いる。中国の2大乳業会社であるYiLiとMengniu(YiLiは牛乳や粉ミルクの中国市場の21%、Mengniuは16%を占める)はこの南モンゴルにある。
YiLiグループは1957年にフフホト市に設立され、1993年に再編成され、グループ会社となった。現在、南モンゴルフフホト市金山開発区に所在しており、フフホト市政府も会社の株式を保有している。2008年にこのグループが製造している乳児用ミルクからメラミンという化学物質が検出され、29万人の乳児に中毒症状が現れ、そのうち6人が死亡したという事件がありました。中国政府は、この事件を受け、食糧供給および生産に対する条件を厳格化した。
2019年、YiLiグループは、1937年に設立されたニュージランド第3位の乳業会社ウェストランドを買収した。現在、TiLiグループは、世界中に81の工場と67,000人の従業員を擁し、世界の牛乳生産会社のトップ5社の1社であり、牛乳、粉ミルク、ベビーフード、アイスクリーム、チーズなどの乳製品で中国最大の生産会社となっている。今日、YiLiグループは世界第3位を誇る優れた食品ブランドとなっている。
中国の牛乳生産量は2023年に4,100万トンに達し、2019年と比べて28%増加している。中国は、2022年に15億ドルの牛乳を輸入し、アメリカに次いで世界第2位の牛乳消費国となった。輸入牛乳の半分はニュージランドから、残りはドイツ、フランス、オーストラリア、ポーランドからである。また、同年の牛乳輸出額は2,500万ドルであり、その殆どが香港に送られている。
牛乳の消費量については、2023年にアメリカは2000万トン、中国が1600万トンである。しかし、一人当たりの牛乳年間消費量では、2021年にフィンランドは260kgと世界1位だった。中国の一人当たりの牛乳年間消費量は34kgである。これは牛乳生産が増加する市場余地が大きいことを示している。ちなみに、2021年のモンゴル人の牛乳年間消費量は193kg、ロシアは154kgだった(ourworldindata.org)。
南モンゴルの歴史
フフホト市に南モンゴルの巨大な博物館がある。建物の1階は自然博物館、3階と4階が歴史博物館となっている。ここには、チンギス・ハーンの孫であるフビライ・ハーンによって設立された元王朝(1279‐1388)時代、1330年の地図がある。この地図にはバイカル湖から北へウラル山脈までの土地が示されている。また、1433年の明王朝(1368‐1644)の地図がある。この地図には、北部が現在のモンゴル国領土全体、およびバイカル湖を含む部分は北元と呼ばれる場所が示されている。しかし、1820年の清朝(1644‐1912)の地図には、満州族占領下のハルハ、オイラートの土地がはっきり示されている。
北元は、モンゴル民族を統一したダヤン・ハーン・バトムンフの国家だったが、直ぐに崩壊した。歴史家バーバル氏によれば、北元はヒャンガン山脈からアルタイ山脈まで、バイカル湖から万里の長城に至るまでの領土があったという。そして、東にツァハル、ハルハ、ウリアンハイ、西にはトゥメド、オイラド、ヨンシゴイトという民族がいたという。これらの中で最も強力だったのはトゥメド族で、その指導者アルタン・ハーンは、1500年代初頭にフフホト市を設立した。満州清国の一部となった部分を内モンゴルと言い、特別な権限を持つ部分を外モンゴルと呼ぶようになった。
アルタン・ハーンは、黄教を広め、1557年にイフ・ゾー(Dazhao temple)仏教寺院の建設を始めた。1580年に完成したこの寺院を囲むようにしてフフホト市は拡大していった。この寺院の前にアルタン・ハーンの大きな像がある。これと同時期の1585年にアブタイ・サン・ハーンは、モンゴルでカラコルム市の古い寺院を修復し、それをエルデネ・ゾーと名付けた。
フフホト市について
内モンゴル自治区の首都フフホト市。500年の歴史を持つこの都市の人口は、現在340万人であり、84%が漢民族、8%がモンゴル族、残りはその他の民族である。この都市は、4つの県、1つの旗(ホショー)によって構成されている。
市内の道路はとても広く、幹線道路は片側3車線があり、広い自転車道、植林地、歩行者専用道路、補助道路が整備されており、すべてが適切に計画されているため、交通渋滞は発生しない。市内の東部と南部には、近代的な高層ビルと広大な緑地が組み合わされて建設されている。市の南部には大きな川が流れており、川沿いはスポーツやレクリエーションのためのエリアとなっている。
20年前にあった市内のゲル地区は、完全に住宅化されている。運転手によると、住宅の1平方メールの価格は、11,000元(1,600ドル)で、旧市街や市の西部では更に価格が安いという。
人々は中国語を話し、モンゴル人の中にはモンゴル語を話す人もいた。20年前には、すべて建物や通りの名前は、中国語とウイグル語で書かれていて、食事のメニューもこの2つの言語で書かれていたが、今ではほとんどが中国語のみで書かれている。ところどころに古い建物の住所がモンゴル語のまま残されている。小学校ではまず中国語を教えられ、その後モンゴル語を教えられるようになっている。
読者の皆さんに中国の北部に位置し、私たちの国と隣接している南モンゴルについて紹介した。■
2024年4月30日
2024年の国政選挙に立候補する一部の議員に向けて。
今日、モンゴルの全人口は360万人となり、2033年には400万人になると予想される。その時、全国民の何割が外国に移住しているだろうか?現在、人口の何割が仕事に従事し、何割が外国にいるのか?そしてモンゴルで働く人の数がなぜ、減少しているのか?なぜ、多くの国民が外国に行き、母国に戻ろうとしないのか?その原因は何か?モンゴル人がモンゴルで働き、収入を得て、質の高い生活を送ることができるようになるためには、何が必要なのか?
減り続ける雇用
今日、モンゴルの生産年齢人口、ここでは15歳以上のことで、その人口は210万人である。そのうちの120万人が労働力人口(58%)で、893,000人が非労働力人口(定年している人や学生、その他)(42%)である。労働力人口の91%は収入があり、9%が無収入である。しかし、非労働力人口のうちの4万7000人(5.2%)は、労働可能な人材(収入を得る仕事に就いていないが、過去30日間で積極的に仕事を探している人材)である。(出典:国家統計局、2022年)
現在、モンゴルには104,000人が失業状態であり、そのうちの67,000人が男性で、38,000人が女性である。失業者全体の36%が学士、またはそれ以上の学歴を持っている。失業者数は、前年同期比で3,200人増加している。若年層(15~24歳)では19,000人(18%)が失業中である。(出典:国家統計局、2022年)
労働力人口の参加水準(収入がある労働力人口を生産年齢人口と比較した数)は、2022年の時点では58%だった。この割合は、エンストニアでは72%、シンガポールでは70%である。モンゴルでは、この割合は2006年では65%だった。上記の報告書にある生産年齢人口210万人には、ひとり暮らし世帯、外国に住んでいる人、軍人や囚人の数が含まれていない。
増え続ける外国への移住
関係者の話によれば、外国にいるモンゴル人の数は約20万人だと言う。しかし、国家統計局の正式発表によると、2024年の時点で、半年以上外国に住むモンゴル人の数は141,000人(女性76,000人、男性65,000人)となっている。実にモンゴルの全人口の3%相当が外国に移住しており、その半数が32歳以上の者であり、平均して7.2年間、外国に住んでいる。外国に住むモンゴル人の10人に3人は韓国、10人に2人はアメリカ合衆国と日本、10人に5人がその他の国に住んでいる。
国家統計局は、2023年に韓国、アメリカ合衆国、日本、カザフスタン、チェコ、オーストラリア、中国、ドイツ、スウェーデン、フランス、ロシア、トルコ、オーストリア、スイス、イギリスおよびその他の国に半年以上住んでいるモンゴル人の中から1,865人に調査を実施した。彼らの63%が女性、70%が学士およびそれ以上の学歴を持っている。また34%が単身、40%が家族(1~3人)と一緒に住んでいる。85%が在留資格を持っており、72%が働いている。彼らの40%が帰国する予定がなく、23%が住んでいる国に帰化する考えであると答えている。
なぜ、外国に流出しつづけるのか?
国家統計局は“モンゴル人の外国への移住と外国からモンゴルへの送金とその結果”という調査を、家族の中に外国に在住するモンゴル人がいる家族を対象に実施し、情報を収集した。
外国に移住する人たちの目的は、44%が労働のため、36%が教育を受けるため、13%が家族と一緒に住むためである。15~34歳の移住者の80%は教育、35歳またはそれ以上の年齢の人たちの80%が労働、または家族と一緒にいるために移住している。労働もしくは家族と一緒に住むために外国に移住している人たちの40%は、モンゴルにいたときに仕事に就いていた。彼らのモンゴルに残された家族の平均月収は150万トゥグルグであり、この収入源は年金、福祉手当、給与であり、10世帯のうち4世帯が働いている人がいない状況である。これは、モンゴルでは賃金が低く、家庭のニーズを満たせないことを明確に示している。
解決策
給与は、当該従業員が一定の期間に創出した製品やサービスに対して、雇用主から従業員に定期的に支払われるものである。給与は、労働生産性によって決まる。他のすべての条件が一定であれば、労働生産性が上がり、より多くの価値が生み出され、それが賃金上昇につながる。
労働生産性を上げる主な要因は競争である。自由競争または自由市場があってこそ、あらゆる分野で給与が上昇する。競争に負けたものは破綻する。しかし、経済において、政府の参入が多ければ多いほど、自由競争が縮小する。政府と民間企業は競争できない。モンゴル人が移住している諸外国では、経済における政府の参入が少ない。本来、政府は価値を生み出さない。価値を税として徴収し、分配するマシンである。
天然資源が豊富で、市民の参加、監視が弱い国では、経済における政府の参入が大きくなる傾向がある。これは、経済が完全に鉱業に依存しているモンゴルのような国では特に顕著である。
自由競争の基本条件は、自由価格である。エネルギー、燃料など、あらゆるモノが競争に基づき、自由で変動する価格でなければならない。さもなければ、当該製品やサービスが不足し、品切れとなり、最終的には市場から消える。その理由は、“政府が監視する価格”ではコストを下回り、生産者が破綻するからだ。そのため、あらゆる国営企業を株式会社にしなくてはならない。
モンゴルで賃金が低い理由の1つは、税率の高さである。数百年にわたって税金を納め、それに見合ったサービスを受け、政府を監視できている西側諸国と比べて、モンゴルの民主化以降の30年間の歴史をみても税率は高い。税率を引き下げるためには、政府が小さく、生産性が高くなければならない。あらゆる税率を2分の1に引き下げ、若者を一部の税金から免除する必要がある。
モンゴルは、天然資源から徴収した税金を積立て、安価でコンパクトな賃貸住宅を建設し、国民が地面に穴を掘っただけのトイレから離れる時代が、はたしてやってくるのだろうか?
銀行の金利を引き下げるために、モンゴル銀行(中央銀行)は政策金利をゼロにする必要がある。預金金利を引き下げる基本条件は、人々は銀行ではなく、債券や株式などの有価証券に投資することであり、そのためには、株式会社は人々の信頼を得られるように取り組む必要がある。繰り返しとなるが、自由競争と透明性がそれを実現する。
国は通貨トゥグルグの価格下落を食い止めるために、鉱業から得た資金で新しい産業開発に投資すること。特にIT分野において、AIによる製品開発に向けた若者の育成に力を入れること。開発された製品を武器に国際市場に進出させ、新たな輸出を作り出すプログラムを実施する必要がある。
畜産分野では、遊牧民のバグまたは放牧地による協同活動を促進すること。バリューチェーンの進歩を目指す取り組みに融資を提供すること。数量ではなく、品質に基づいた奨励金を交付する必要がある。
最も早く、そして最大規模の輸出を実現する事業として、ボヤント・オハー旧国際空港を利用し、国際航空アカデミー、国際航空機修理工場、小型飛行機操縦士育成機関を組織する3つのプロジェクトがある。
これらには外国投資が必要不可欠である。外国投資とは、外国からモンゴルに流入している資金、管理、ノウハウなどである。当然、外国投資家は宣教師ではなく、事業をしているため、利益を求める。私たちには、中国のように外国投資家を誘致し、合弁会社を設立し、あらゆる技術を習得する知恵が必要である。
国家統計局の報告書によると、外国から帰国を予定しているモンゴル人は、国に対して「衛生的で快適な生活環境の整備、大気汚染削減、医療、教育、社会サービスの充実、食糧安全保障、経済の安定などの問題を優先的に解決するために取り組むことを望んでいる」とある。これはモンゴルに住む国民も望むことである。
国民が母国で家族と一緒に暮らして行くためには、国は少なくともこれらの問題を解決するために必要な措置を講じる必要がある。さもないと、全国民が外国に逃げ出し、「最後の人は電気を消してください」ということになりかねない。
モンゴル国民は、国と自分自身を発展させ、政府の汚職を一掃し、自由市場によってより良い生活を送ることができるはずだ。■
2024年4月26日
ウランバートル市
DEFACTO REVIEW (2018.05.20)
独占による危機
先週は航空・鉄道輸送に関する2つの出来事があった。1つは、韓国のウェブや新聞に「今日まで19年間ウランバートル‐ソウル間でMIATモンゴル航空と大韓航空が特別価格を設定し運航してきた」と言う報道が流れた。ソウル‐ウランバートル線とソウル‐香港線の所要時間は共に3時間10分、そして同じ量の燃料を消費する。しかしチケット代は、ピーク時で3倍、普段は2倍も高い価格に設定されている。これを見直すべきだと記載されていた。
この航空独占問題に関してはモンゴルでも度々話題に上がったが、どうにもならなかった。韓国で報道されたところでどうにかなるものでもない。価格が市場ではなく政府によって決められ、民間航空に対する税金も引き上げられ倒産に追い込まれた。しかし、MIATモンゴル航空は国の予算で「養われている」から、赤字であっても倒産することはない。特に市場を独占する国営企業はどんな時でも大きくなり、価格を調整して維持できる。
自由市場における独占とは、市場の過半数以上を1社もしくはグループ企業がシェアしていることをいう。
独占は、人々の需要に対する供給に関係なく価格を高く維持できるので、市場にとって良くない。価格競争で他のライバル企業が倒産した後に、1社で価格を引き上げてしまう。だから自由市場において独占に反対する声が多い。モンゴルでは航空や鉄道、電力、公共交通、エネルギー分野で独占がある。正当な独占とは、供給者が1社しかない時のみである。例えば、モンゴルの場合は電力供給者は1社しかない。
政府が独占について容認してきたことに対して、市場を開放して他社を参入させる他に選択肢がないと言われている。担当大臣及び首相は、航空市場の開放やウランバートル‐ソウル線、ウランバートル‐北京線の路線開放を春期国会で決めると話していた。これはモンゴルだけではなく、韓国の消費者も要求している。実現すればもちろん消費者にとっても有意義なことである。MIATモンゴル航空が赤字か黒字かは二の次である。
また、ダルハン第一駅で中国‐ロシア線の貨物列車が脱線する事故があった。事故の原因は枕木の腐食である。この脱線事故は数本の枕木が腐食していたという問題ではない。大問題である。これは、ウランバートル鉄道公社の上級職員の腐敗、ロシア・モンゴル両国の内閣のマネジメント能力が低下していることが原因である。鉄道事業の開放を図らない限り、両国内閣の適切な対応を待っているだけでは問題解決にはならない。
穀物を積んだ7、8台の車両が脱線した。もしこれが客車だったらどうするか?誰が乗客の安全を保障できるのか。貨物列車による輸送能力は年間2400万トンだ。2014年に初めてこの2400万トンに達したことがある。この輸送能力を増やす話が出ている。しかし、その前に2014年9月に何が起きたかを思い出す必要がある。モンゴル側から元道路輸送大臣A.ガンスフ、ロシア側からは株主代理人ウラジミールヤクニンの2人がウランバートル鉄道の改革、開発戦略協力について協議し署名した。当時は、プーチン大統領とモンゴル前大統領Ts.エルベグドルジが同席していた。この協議では既存の鉄道線の貨物輸送能力を年間1億トンにする。また、ウランバートル鉄道の電化を進め、サルヒト、エルデネトの鉄道線を北西に延伸してトゥヴァ共和国の首都クズルと繋ぎ、ロシアの鉱山製品をモンゴル経由で中国に運ぶ新しい路線を作る。モンゴルを経由する鉄道輸送量を増やすために、ボグドハーン新鉄道建設に協力することで合意していた。この合意は2014年に成立したが、今は既に2018年になっている。このまま合意事項が全く履行されない場合、誰が責任を負うのか。
公正競争・消費者保護庁は政府機関だから口を閉ざしたままだ。鉄道という大きな事業に関しては政府を恐れて何も言わないようだ。本来、政府というものは国民の下僕であるべきだ。国民のボスではない。
ロシアの他に鉄道の軌間が広い国はフィンランドとモンゴル。フィンランドは鉄道市場の開放を進めているようだ。客車サービス会社、鉄道修理サービス会社、鉄道固定資産会社、鉄道流動部品・機械設備会社の4つに分社化している。段階的に開放を進め8年間で独占を破るようだ。
7県を農業特区にする
内閣は地方自治体の提案を受け、7県63郡を「農業特区」にする決定を出した。農業特区の対象となった郡の殆どがアルハンガイ県、ヘンティ県、セレンゲ県、トゥブ県にある。農業特区とした主な目的は、自然環境保護、放牧地・農業地に関する規制、家畜による利益増加、農業地問題の調整をすることとなる。
18世紀イギリスでは、羊のウールを原料とした生地の製造が利益を生んでいたため羊の頭数が多くなり放牧地の問題が起こった。問題解決のために税金をかけたことで羊の放牧数を管理していた歴史がある。イングランドの法律家・思想家トマス・モアが「羊はおとなしい動物だが、イングランド人を食べつくしてしまう」という言葉を残している。これと同じようにモンゴルでは山羊が放牧地の草を食べつくしている。山羊が牧草地を食べつくして今では人間の食料まで食べようとしている。地方に家畜の頭数が多くなり、放牧地の砂漠化が深刻な問題となっている。セレンゲ県の人口はこの2、3年で3倍に増加した。セレンゲ県はもともと広大な農業特区である。そのため、農業と畜産業のどちらで生活していくかと多くの人が思案している。農作物が育ちやすい土地には農業を進めていくべきだと思う。しかし、畜産業は遊牧して営むもので、気候条件にこだわる必要がない。しかし農地に入って遊牧しているケースも見られるようだ。
今のところ遊牧民と農民の間で対立は起きていない。この土地問題を解決するために農業特区にすると発表しているが、その背景にある家畜問題を解決しなければならない。解決に当たり課税、地方自治体の管理機能、それぞれの放牧地における山羊の放牧数の管理、過剰放牧に税金を高く設定するなどで山羊の放牧を規制しなければならない。農業特区として発表した地域では畜産、放牧税を高くする必要がある。家畜を制限し、砂漠化を食い止め、地方に森林地を広げるために放牧税を徴収すべきだと思う。
保健医療従事者たちの闘争
保健医療分野の組合や団体が集まり、デモを行った。保健医療分野に従事する者たちの要求は、公正な勤務評価である。彼らの要求に増給という形で応じるのではなく、成果に応じて給与を計算するシステムを作る動きが浮上している。担当大臣はこの要求に対して全面的に応じたいと意思表明をした。
モンゴルは広い国土に対して人口が少ない事が問題でもある。フィンランドの国土面積はモンゴルの5分の1であり、人口は550万人。フィンランドは12の県に分かれていたが、つい最近6つの県に統廃合された。その理由は、医療サービスを提供する上で現実的な対策の一環である。フィンランドの議会は一院制なので、内閣が権限を持ち、地方は政府から与えられた権限を実施する形だ。フィンランドは地方行政の役割を増やした。モンゴルの保健医療分野における問題は、実施権が政府に集中し過ぎていることと関係している。過度な政府行政への権限集中は、その税額で現される。
一方、保健医療サービスの原資は国の予算と健康保険である。健康保険は言わば会社の資本である。健康保険が機能せず、集めた保険金の運用権を握る人たちが裕福になった。医療業務が進歩しないから、その資金を全く関係のない人たちに渡してきた。その全く関係ない人たちが裕福になった。今では供給者と消費者が1つになっている。自分の右手から左手へお金を渡している。
日本語版制作:Mongol Izumi Garden LLC http//translate.mig.asia
TRAVEL NOTES FROM OTGONTENGER
私は先週、ハンガイ山脈の最高峰オトゴンテンゲル山の西に広がるザブハン県を旅した。オトゴンテンゲル山は標高4031m、頂上部分には万年雪を頂き、その北側には急峻な岩崖がそびえる。“モンゴル政府は1992年にオトゴンテンゲル山周辺の1000平方kmの土地を国立公園に指定した。そのため辺りには家畜や民家もなく、とても美しい自然が広がっている。ザブハン県ウリヤスタイ市から南東へ100㎞ほど行ったところにダヤン山がある。ダヤン山の頂上まで登ると、雲一つない青空の下に雄大なオトゴンテンゲル山を見ることができる。”
ザブハン県はハンガイ地方、ゴビ地方を有しており、森林や水源が多く、自然が豊かである。だから国内外から訪れる観光客も多い。県の面積は82,500平方kmであり、これはオーストリアとほぼ同じ広さだ。人口は8万人。ザブハン県に向かう道すがら、見て感じ思ったことを読者の皆さんに伝えたい。
終わらない道路敷設工事 〜ザガスタインダワー〜

ウランバートルの西方にあるアルハンガイ県タリアト郡、テルヒーン・ツァガーン湖沿いに住む遊牧民たちが、“道は発展をもたらす”という言葉は本当だと話していた。首都ウランバートルへ繋がる舗装道路が敷設されたことで、観光客数が増加し、飲食店などのサービス業を通じてこの地域に住む多くの遊牧民が収入を得られるようになったそうだ。
しかし、アルハンガイ県よりさらに西に位置するザブハン県ウリヤスタイ市の住民たちは、その発展が来るのを長い間待ち続けている。実はウランバートルを起点にした全長1000kmの舗装道路は、ザブハン県トソンツェンゲル郡にまで達している。そこから南へ30kmの舗装工事が完了していないので、未舗装の道を1時間30分走った。その後再び舗装道路へ出たが、この舗装道路がテルメン郡を通って100kmくらい続いてザガスタインダワーの手前で終わっている。
“ザガスタインダワーからザブハン県ウリヤスタイ市までの67kmは未舗装の道で、このダートロードでは運転手の力量が試される。急なアップダウンに加え、険しい斜面、凹凸が連続するこの道を、私達は夜間2時間かけて走りきった。”
今まで、この67kmの未舗装の道路を整備する建設会社がいくつも変わってきた。政権が交代して開発銀行からの資金が滞り、財源を国家予算にすると言い数年経つが、工事は着工すらしなかった。しかし先月、中国輸出入銀行からの融資が決まった中国企業がこの区間を舗装工事することになった。モンゴル政府は、道路コンサルタント会社の調査費用となる25億トゥグルグを2019年度予算に計上できれば、この道路敷設工事は2020年に終わる予定だ。
ザブハン県の県民は舗装道路がもたらす発展を2020年まで指折り数えて待っている。この道路敷設工事が当初の計画通りに進み10年前に完成していたら、観光分野を中心とした経済効果が得られ、ビジネス環境も成長していたはずだ。
政府の無計画さが負債を生み、歳入の4分の1を負債の利息返済のみに充ててしまっている。国が本来、国家予算で建設すべき道路敷設工事を真っ先に削減してきた。その実例がこのザブハン県の道路である。
ザブハン県を照らす発電所 〜ボグド川〜
ザブハン県には発電所がなく、時間を制限して稼動するディーゼル発電を利用してきた。
“1994年、モンゴルの技術者たちがアルダルハーン郡にある流れが早いボグド川に小型水力発電所を建設した。2005年には、この発電所の設備をドイツ政府の無償資金協力によって修理が行われ、発電効率が改善された。これによりザブハン県の人々は夏の間、電力不足に陥ることがなくなった。冬季はゴビアルタイ県にあるタイシル水力発電所から電力を供給されるようになった。”
ウリヤスタイ市から南東36kmに位置するボグド川水力発電所の出力は2メガワットである。この発電所に使われている技術はとても特徴的だ。ボグド川上流の高地から2.5kmの配管を敷き川の水を流し、丘の上に水を貯める。丘の急斜面部に大きな配管を2本通し、配管の最下部に設置したタービンで発電している。タービンを回した水は、その丘の東斜面にある高さ17mの岩間から勢いよく流れ落ち、それは人工的な滝ではあるが壮大な景観だ。

ボグド川の水力発電所
モンゴルにはこのように山中を流れる川の急流地帯を利用した小型水力発電所が11箇所あり、ボグド川水力発電所はその1つである。小型水力発電をどのように活用していくかを見つけることができれば、ザブハン県にはエネルギー、産業、観光分野で発展させていく可能性が大いにあると思った。
乱雑なキャンプ場 〜ツェンヘル温泉〜
ウランバートルから車で舗装道路を480km、未舗装道路を30km走り、アルハンガイ県ツェンヘル郡にある有名な温泉に行ってみた。ツェンヘル温泉の水温は、バヤンホンゴル県のシャルガルジョート温泉に次ぐ熱さだ。温泉は地下深部から毎秒10リットル湧出し、硫化水素、ケイ素化合物が含まれている。この温泉は筋肉・関節痛、運動器系、軟骨減少、疲労回復、糖尿病などに効能があるとされる。
2つの山の中間に位置するこの温泉を囲むように、ツェンヘルジグール、シウェートマンハン、ドートリゾート、ハンガイリゾート、アルタンノタグという5つの観光キャンプ場がある。それぞれのキャンプ場はツェンヘル温泉から配管を敷き、浴槽に温泉を満たし宿泊者に提供している。この辺りの宿泊施設は予約しなければ部屋が取れない。1日500人の観光客を受け入れているこれらのキャンプ場は、駐車場の整備などでお互いに協力していないようだ。
“一日500人、100台の車が訪れる場所とは、立派な定住地である。だから都市としての側面からみて開発計画が必要で、それはキャンプ場への出入口となる道路の舗装、整備された駐車場、照明や上下水道などのインフラ整備などである。今のままでは美しい自然が破壊されてしまう。”
観光リゾートやキャンプ場を所在する県に登録させ、税金を徴取し、インフラ整備に充てるように法的環境と体制を整える時がきている。
“ペンギン”
ウランバートルからウリヤスタイまでの1000kmの道を車で走る途中、いろいろな鳥をみた。トビ、カラス、白鳥、鶴、アカツクシガモ、そしてカモメまで。
“その鳥たちの中で一番多く、一番大きい、一番特徴的な鳥は、道沿いに並んで座っている‘ペンギン’だった。”
道路沿いにトイレがないので観光客は“ペンギン”になるしかない。ウランバートルから西に伸びるミレニアムロード沿いに観光客がリフレッシュできるためのトイレやレストラン、コーヒーショップなどがあるサービスエリアを数か所建設できたはずだ。2005年にこのようなサービスエリアを設ける国家規格として“消費者向けのサービス:道路沿いのサービスエリア建設の基本条件”MNS5537が確定されているからだ。
今のモンゴルには、国道沿いに一定の区間で(例えば、100km毎にとか)サービスエリアを建設し、その運営許可を入札で交付する。そして地方自治体が全面的にサポートし、観光情報を配信するなどの環境整備を始めなければならない。
インフラを敷設し、各県の特徴あるブランドを開発する必要がある。その県の歴史、名所旧跡、伝統、文化、民話に基づいた観光プログラムをそれぞれの地方の特性に合わせて作り宣伝することができれば、モンゴルの観光分野は発展する。観光分野の発展に伴って県民や企業も潤う。そうすれば、地方から首都へ移住する人が減少する。また、人々が首都から地方に戻る機会になるかもしれない。
“道は発展をもたらす。これからの発展のために賢明な計画を立て、その活動に国民が参加し、人々の生活水準を向上させるため地方に経済的自由を与える時が来ていると思う。”
2018年8月29日
ウランバートル‐ウリヤスタイ‐ウランバートル
日本語版制作:Mongol Izumi Garden LLC http//translate.mig.asia
ERDENEBILEGISM II – MONGOLIA’S NEXT CORRUPTION EPISODE
対人口比での政府の腐敗劇場の演目数でモンゴルは世界上位にある。正義と偽りの激しい流れがぶつかり合って嵐が起きる時、モンゴルを覆う黒い霧が散り始めた。今回の嵐で明るみに出ている出来事を時系列で追い、論理的に関連付け、詳細に調べ上げ、真実を追求する必要がある。さらにその原因を探り、進むべき道を切り開くためにモンゴル社会は試練の時を迎えている。
2つの銀行のオーナー
ウランバートルシティ銀行の法定資本増強というモンゴル銀行(中央銀行)からの要求を理由に個人的な資本を増やし、権力者と共謀して国民の財産を横領してきた者たちについて、私は3年前に「エルデネビレグリズム–モンゴルの民主主義の新たな現象」という記事を書いた。法定資本増強の必要性を主権者たる国民へ説明せず、M.エンフボルド、Ts.バトバヤル、G.ムンフバヤルなどの歴代市長たちはD.エルデネビレグにウランバートルシティ銀行の株式80%を譲渡した。そして残りの20%は2014年にE.バト・ウール元市長がD.エルデネビレグに譲渡した。
TDB銀行の民営化には歴代首相が関与している。2002年にTDB銀行の株式の76%をN.エンフバヤル首相(当時)がジェラルドメタルス社に1,230万ドルで売却した。2007年にはM.エンフボルド首相(当時)主導で、D.エルデネビレグが7,000万ドルでTDB銀行の株を買った。D.エルデネビレグは現在、自身の海外に登記されている企業4社を通じてTDB銀行の株式の93%を保有している。株式の残り5%をゴールドマン・サックスが、2%を50人の市民が保有している。今日、TDB銀行はモンゴルで2番目に大きな商業銀行である。また、モンゴルにある全商業銀行の資産の25%を占めている。
B.エンフボルド、Ts.バトバヤル、G.ムンフバヤルなど、ウランバートル歴代市長たちが寵愛した銀行がウランバートルシティ銀行とTDB銀行だ。ウランバートル市内の一等地にある公園の地権がこの2行に移されていた。G.ムンフバヤル元市長は、2012年の国政選挙で所属する党が敗れた後、自分の任期が終わる直前となるナーダム(モンゴルの夏祭りの祝日)期間中にウランバートルホテル前の公園、諜報庁前の公園、Yu.ツェデンバル広場、シレンデブ像がある学生広場などの所有権をウランバートルシティ銀行に移した。そして地下駐車場建設を許可するA/495市長令を出した。
TDB銀行は、ウランバートルの歴史ある「子どもの図書館」を取り壊し、ガラス張りの高層ビルを270億トゥグルグかけて建設した。このビルの11、12階を国営銀行であるモンゴル開発銀行に270億トゥグルグで、10階をMIK社に150億トゥグルグで売却した。D.エルデネビレグという人物は、政府機関から資金を調達し商いを行うことに関しては特殊な「才能」を持っているといえる。
D.エルデネビレグはまた、モンゴルの政権を握ってきた人民党と民主党の両方のスポンサーだと言われている。両党はスポンサーの名前や寄付額を非公開としている。ゆえに人民党と民主党はモンゴル政府の腐敗の巣窟となっている。
独占への道
たしかにTDB銀行は、モンゴル経済において重要な役割を果たしてきた。しかし、ベールに包まれたこの銀行のオーナーが所有するいくつかの会社が特別な役割を担ってきたことは、国会で明らかにされたエルデネト鉱業の株式49%の取得に関する資金調達概要図で明らかになった。

モンゴルカッパーコーポレーション社が「エルデネト鉱業」及び「モンゴルロスツェットメト社」の株式の49%をロシア側から取得する際に政府の資金を使ったことについて、L.オユン・エルデネ内閣官房長官は概要図で具体的に説明した。
D.エルデネビレグは、自身の会社QSC社を通じて株式取得に必要な4億20万米ドルのうち、30%を財務省、モンゴル銀行(中央銀行)、モンゴル開発銀行から調達した。残り70%をTDB銀行が大臣や市長が所有する企業4社に融資するという形で拠出し、最終的にモンゴルカッパーコーポレーション社に振り込ませた。
モンゴルカッパーコーポレーション社は、エルデネト鉱業の株式49%を取得した後、2016年の3~8月の間にエルデネト鉱業に前年度の配当金として1億2千万ドルを支払わせた。また、TDB銀行は受けた融資のうちモンゴル銀行(中央銀行)に7800万ドル、財務省に7200万ドルを返済している。
このように国庫(国民の財産)でエルデネト鉱業の株式49%を取得したため、国は事態を深刻に受け止め、株式の49%は政府に帰属するという国会の決定が出された。しかし、モンゴルカッパーコーポレーション社はそれを認めず、裁判となり2年が経っている。
政府は、TDB銀行が無担保で高額の融資を交付したことが銀行法違反と指摘しているが、その捜査令状を裁判所は発行していない。捜査機関はTDB銀行の取締役会長や頭取を逮捕したが、裁判所は法律に違反していないとして釈放した。
Ts.ニャムドルジ法務・内務大臣は、D.エルデネビレグが所有している2行は、今では37の鉱山ライセンスを、モンゴルロスツェットメト社はアスガト銀鉱山からボルウンドゥルまでの多数の県にまたがる地域に35の鉱山ライセンスを、全部で約70もの鉱山ライセンスを所有している。さらに、エルデネト、ダルハン、セレンゲ県に多数の鉱山ライセンスを所有していると発表した。
マフィアの制度
贈収賄事件に裁判所、司法機関が関わっている国ではマフィアの制度ができあがっている。国民の財産を違法に利用したモンゴルカッパーコーポレーション社に対する起訴をモンゴルの裁判所、検察庁は4度も無効にした。
モンゴルの裁判官は、政府と利害関係があると見える。モンゴルカッパーコーポレーション社はTDB銀行から7,500万ドルの融資を受け、その翌日には7,000万ドルをユナイテッドエナジー社に振り込んだ。ユナイテッドエナジー社の元社長であるD.ミシグの息子で裁判官のM.バトソーリは、政府の起訴を3回も無効にした。政府は賄賂対策庁に捜査を指示したが無駄だった。
また、政府は財源があるにも関わらず、エルデネト鉱業の株式49%の取得を拒否したことについて賄賂対策庁は何も捜査しなかった。
これらの腐敗問題を片付けるために、政府は国家安全保障委員会を開いた。関連法の改正と裁判官や検事を交代させるため、国会は昼夜を問わず審議を続けている。
裁判所、検察庁、賄賂対策庁の長官を交代させても、政府にはびこるマフィアや腐敗から脱することが可能なのだろうか?
2019年3月27日
日本語版制作:Mongol Izumi Garden LLC http//translate.mig.asia

FIRST EVER MEETING BETWEEN POLITICIANS (1990.02.24)

モンゴルの新聞ウドリーン・ソニン紙(Udriin sonin)に最近、Ts.エルベグドルジ前大統領の手記が定期的に掲載されている。同紙2019年4月11日版には、約30年前に開催されたある会議についての記事が載っていた。この手記に書かれている「モンゴルの新たな政治勢力の初会合」は、モンゴルの学生連盟が起こしたものである。私はその会合を仲間と共に立ち上げた。私はこの会合の記録を付けていたため、それをここで読者の皆さんと共有したい。
「1990年2月24日土曜日」
08:30 モンゴル革命青年同盟中央局の発表
- この会議で私は国際学生連盟の変化、モンゴル学生連盟についての話をした。実に多くの人の質問に答えた。
- そして、モンゴル革命青年同盟中央局のメンバーの一員として、モンゴル革命青年同盟臨時大会議を早急に実施したいという提案を出した。
10:30 モンゴルプレス新聞の記者L.ガントヤーから、国際学生連盟、モンゴル学生連盟の現状についてインタビューを受けた。
14:30 元モンゴル学生連盟会長(この3日前にモンゴル学生連盟中央局会議で会長職を退いていた)、中央局書記長G.ガンボルドと面談し、モンゴル学生連盟の方向性について話し合った。
16:00-21:00 モンゴル国立大学第3棟(旧高等教育委員会)に次のメンバーが集まった。
民主勢力の共同会議への参加者:
- モンゴル学生連盟:Lu.ボルド、D.ジャルガルサイハン、ゾリゴー(学生)、レンツェンタブハイ
- 新しい発展連盟:バトスフ(教授)、B.ソゥンドゥイ、Sh.シャグダルスレン、J.ボル
- 民主的社会主義運動:L.ラフガジャブ、R.ハタンバートル、P.ウラーンフー、R.ゴンチグドルジ
- モンゴル民主同盟:Ya.バトスフ、B.ジャルガルサイハン(ブヤン)、エルベグドルジ(赤星新聞)、トゥムルバートル
各団体から4人の代表者が集まり、次の2つの議題について長時間に渡り議論を交わした。(下表)
- 団結のための各団体の基本的主張。
- 3月4日に合同デモに参加するかどうか。

会議の内容:
モンゴル民主同盟のB.ジャルガルサイハンの発言:
- D.ソドノムはYu.ツェデンバルのようにロシア人と結婚している。夫人はソビエト連邦側の人間である。私たちは彼が署名した機密書類を手に入れた。ソビエト連邦に130億ドルの借金をつくり、再びモンゴルを売った人物だ。
- 昨日、ソビエト連邦大使館でシトニコフ大使が記者会見を行い、「私たちはモンゴルの遊牧民のために2500万ルーブルとローソクなどの日用品を提供する」と言った。
- 現在の党執行部は犯罪者同然であり、そんな彼らとは席を共にできない。
モンゴル民主同盟のTs.エルベグドルジ(赤星新聞記者)の発言:
- モンゴル学生連盟に3月4日(土)のすべての講義への欠席を呼び掛けた。
- もし講義を欠席しなければ、資材製造分野で働く労働者がストライキを実施すると言った。
- 3月3日~4日は革命の日となるだろう。そこでは血が流れるかもしれない。モンゴル民主同盟はウランバートルだけでも102もの支部がある。
- 私たちが今、国を変えなければ、夏には外国にいる留学生が戻ってきてスーツケースを抱えたままデモをするかもしれない。
最後にモンゴル民主同盟(エルベグドルジ)、新しい発展連盟(バトスフ)、民主社会主義運動(ゴンチグドルジ)、モンゴル学生連盟(ジャルガルサイハン)はワーキンググループを結成して連携していくこと、また次の共同声明文を承認した。
承認された事項:
- 共同声明:モンゴル人民共和国、人民大会議、モンゴル人民革命党中央委員会、閣僚委員会に伝えた。
- 提唱:モンゴル人民共和国の防衛軍事機関及び公安省(現在の諜報庁)に呼びかけた。
共同声明:
- モンゴル人民革命党の臨時大会議を3月に実施し、党中央委員会のメンバーを刷新すること。また政党や政府から委員会活動を独立させること。
- 臨時の人民大会議を実施し、暫定的に人民代表会を設立し、各政党が平等に参加できる自由選挙で大統領を選出すること。
- 政府の独立、国家の団結、国民の安全を尊重すること。
提唱:
1. 防衛軍事機関と公安省は、いかなる状況になったとしても、国民に向けて武器を使用しないこと。
決定した内容:
- 3月3日、09:00時にスフバートル広場に各団体代表らが集結し、10:00時に人民革命党書記長バトムンフに共同声明文を渡す(これには学生の講義欠席をモンゴル学生連盟が認めなかった)。
- 3月4日、13:00時よりデモを行う。人民革命党書記長バトムンフに共同声明への回答をもらう。
- デモの場所はスフバートル広場になるとは合意できていない。モンゴル民主同盟はスフバートル広場でのデモを提案したが、これについては2月27日18:00時に青年会議室で再び協議する。
21:30-22:10 モンゴル国立大学の学生委員会に参加し、約20名の学生を前に共同会議の内容を伝えた。学生たちはとても感激し、私たち4人に祝福の言葉をくれた。
22:10-23:00 Lu.ボルドの部屋にて2人で話をし、モンゴル学生連盟の第4回会議の実施について話し合った。

補足: 当時、私は国際学生連盟でモンゴル学生連盟を代表し、チェコのプラハにいた。世界的な民主化のうねりの中、ウランバートルに戻り、1990年2月18日(日曜日)にモンゴル民主同盟の初の会議に学生だったP.ツェングーン(現アルタンタリア社の社長)とモンゴル学生連盟の代表者として参加した。
私は走書きのメモを夜中に整理し、この日記に記した。当時、新たな政治勢力と言われる組織を私たち学生が探し、彼らに会いに行き、どのように協力するか、どのように力を合わせるかについて話し合う必要性を強く感じていた時代だった。
この初の会議には多くの人が参加したため、その調整は難しく、各自が思い思いに発言しようとしていた。そこでゴンチグドルジ先生の意見で、4つの団体から4人ずつ席に座らせるように机を四角形に配置することとなり、それ以外の人は部屋から出てもらい、ようやく会議がまとまったものである。
とにかく、新しいモンゴルの政府をどのように組織するかについて、長時間協議して正式に声明文として作り上げた。後にモンゴルの国民大会議議長と大統領となった2人と共に会議の隣の部屋で紙に書き記したものがこれである。
この4つの団体のうち、政府に正式に登録され、自分たちの印鑑とタイプライターを持っていたのは、唯一モンゴル学生連盟だけだった。モンゴル民主同盟は当時、政党にもなっていなかったが、その後連立政権を樹立することになった。
4つの民主勢力の次の会議は1990年2月27日18時30分から行われた。そのときの記録もある。
2019年4月17日
日本語版制作:Mongol Izumi Garden LLC http//translate.mig.asia
